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【競輪】平凡な会社員から40代で『予想屋』に… 松戸・渡慶次の良秀さん 波瀾万丈人生を語る[10/01]

1 :
逢いみての… ★
2020/10/01(木) 23:37:25
 人生は何がきっかけで変わるかわからない。それは新たな人との出合いなのか、はたまた転勤や異動なのか……。今回紹介するのは「鐘の音を聞いて人生が変わった」という男だ。それまで会社員だった男が“鐘の音”を聞いて転職したその職業とは、競輪の予想屋だった。

https://nikkan-spa.jp/wp-content/uploads/2020/09/2020-08-12-09.49.23.jpg
柔和な笑顔で出迎えてくれた松戸競輪の予想屋・渡慶次の良秀さん。その波瀾万丈に人生に記者も思わず聞き入ってしまった

 写真の男性は御年75歳の良秀さん。柔和な笑顔と滑らかな語り口。がらっぱちなイメージのある予想屋だが、良秀さんを見ていると鉄火場で声を張り上げる予想屋とは思えない。良秀さんの半生は予想屋、いや、競輪などの博奕とは縁のない人生だった。

 良秀さんは小学生の頃まで沖縄で育ち、その後、家族で東京に引っ越してきた。そして大人になり、普通の会社員として働きながら結婚。2人の娘にも恵まれ、常磐線沿線にマイホームも購入し……と、誰もがうらやむような順風満帆で幸せな生活を送っていたという。

 運命はある日の夜勤明けのこと。良秀さんが帰宅しようと常磐線の下り列車に乗ったところ、いつもと比べて乗客がかなり多いことに気付く。

「上り列車なら上野方面に乗るサラリーマンで混雑するのはわかるんだけど、混雑しているのは普段ガラガラな朝の下り列車なんだよね。しかもそのお客さんは北松戸駅でみんな降りるんだ」

 不思議に思った良秀さんは、帰宅してから娘2人を連れて散歩がてらに北松戸周辺に向かうと鐘が鳴り響く音が聞こえる。鐘の音が聞こえる方へ向かうとそこにあったのは……松戸競輪場だったのである。

 そう、北松戸駅で降りていった多くの人たちは競輪場へ向かう競輪ファンだったのである。「こりゃ娘に見せるわけにはいかないな」とっさに引き返した良秀さん。そもそも良秀さんは「ギャンブルなんてパチンコをちょこちょこ遊ぶ程度で、競輪どころか競馬もやったことがなかった」という。だが、あの日の人の波、そして鐘の音が気になり、後日、良秀さんは1人で松戸競輪場の中に入ってみたのだ。

 当時、良秀さんの仕事は夜勤が中心の会社員だった。そのため平日の日中に開催があった競輪は格好の娯楽となったのである。それまで競輪を見たこともなかった良秀さんだったが、競輪を教えてくれたのは当時、松戸競輪で人気だったある予想屋さん。競輪もおもしろかったのだが、予想屋の話を聞くことも楽しみになっていったのである。その予想屋が集まってくる競輪客に向かって発した一言が、良秀さんの運命を変えるとはその時は知る由もなかった。

「予想屋になりたい人がいたら話を聞くぞ」

「聞いた瞬間にさ、コレ(予想屋)は俺に向いてるぞって。沖縄にいた子供のころに手相を見てもらったことがあってね、子供は2人、結婚は2回、そして、軍師運(戦術を読む力)が強いから(競輪の展開予想に向いてる)って言われたんだよね。」

 人と話すのは好きだった良秀さんは多くのファンを魅了し予想を説く予想屋という職業に、すでに魅入られており、この一言を聞いて予想屋稼業へと足を踏み入れる決心を固めたのである。だが、当時は家庭もあり、当たり前だが奥さんの許可も必要だったのだが……。

「子供は確かに2人いる。結婚は1回だが、予想屋は人と話す仕事じゃないか。まあまあ当たっている。これはやってみたい!って、妻に言ったんだけど、当たり前だけど猛反対(笑)」 

続く

以下ソース
https://nikkan-spa.jp/1703021

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2 :
逢いみての… ★
2020/10/01(木) 23:37:35
 奥さまからしてみれば、予想屋などあえて会社員を辞めてまでなるものではない。怒りは当然のことである。

 奥さんからすれば青天の霹靂とはまさにこのこと。会社員として順調な人生を歩み、家も買い、子供もいて幸せな家庭だったのにまさか夫が「予想屋になりたい」とは……。「予想屋なんて子供の教育にもよくない」と言う妻を説得できなかった良秀さんが出した結論は、離婚するというものだった。こうして家族と離れ、人気予想屋に弟子入りした良秀さん。修行を積み、7年後の昭和62年。ようやく自分の番台を得るチャンスが生まれた。

「休業となった番台が1つできたからやってみろ」

 そう言われてはじめて1人で予想屋を持つことになった初日、恐る恐る営業してみたところ……

「なんと1日の売上が3万円。(当時はレース開催も多く、場外発売時でも営業することを考えると)1か月で考えても明らかにサラリーマン時代よりも多くの稼ぎになる。これはいけるぞ!」

 良秀さんは確信を持ったという。屋号は「渡慶次(とけいじ)情報」。センスあるトークスキルもあって、良秀さんはたちまち松戸競輪の人気予想屋となっていったのである。

 競輪の売上が絶頂期だったのは昭和末期。しかも当時は電話・ネット投票など普及しておらず、車券を買うならレース場か場外発売所しかない時代だ。おまけに日本はバブル絶頂。カネが溢れてしかたない時代である。良秀さんの「渡慶次情報」は絶好のタイミングで開業したことになる。

 良秀さんが一番稼いだのは1989年の年末。立川競輪場で開催予定だった競輪界最大のレースである競輪グランプリが労使交渉の決裂で中止となる出来事があったときだ。中止となったのは競輪グランプリだけではなく、同時に立川で開催される予定だった3日間のレースすべてが中止となったことで、年末の大勝負を立川でしようと思っていた競輪ファンが向かったのは、裏開催だったはずの松戸競輪場だったのである。当時の話をする良秀さんもこのときを思い出すと笑いが止まらない。

「当時、松戸競輪場は入場券を買うシステムだったんだよ。(※現在は入場料無料)用意していた3万枚の入場券がすべて売れたらしくて、収拾が付かなくなったから急遽無料開放してしまったらしいんだ」

 なんともおおらかな話ではある。要するに想像を絶する人の波が松戸競輪場に押し寄せたのである。

 年末3日間の開催に押し寄せたファンに対し、「渡慶次情報」の予想は飛ぶように売れた。予想の料金は1レースにつき100円なのだが、3日間で集まった100円玉を銀行に持っていき数えてもらったところ、その数なんと2800枚。つまり3日間で28万円も予想が売れたのである。

「あまりの数の100円玉に銀行員の方から『お客さん、自動販売機の会社の人ですか?』って聞かれちゃいましたよ。いえいえ違います、そんなのやってませんと。おかしいなぁと、偽造硬貨でも持ち込まれたのかと思われたみたい(笑)」

 予想屋として大成功を収めた良秀さんが得たものはお金だけではなかった。離婚していた奥さんと復縁できたのだ。離婚後、奥さんは洋品店を3回出たのだが、1回目も2回目も失敗。3回目の出店時、良秀さんは出店費用として400万円をポンと出したのだ。

「そんなに出してくれるの? ってなりましたよね。結局それも潰れちゃうんだけど全然問題ない。稼いでましたからね(笑)」

 結局子供のころ手相を占ってもらった中で当たっていなかった「結婚2回」も復縁することで当たったということに。もちろん、現在も松戸競輪場内で予想屋『渡慶次情報』は営業している。

「今は(ネット投票の普及もあって)昔ほどは売れませんよ。それにコロナが来て、コロナ感染対策で9月までほとんどのレースが7車立てになっちゃった。7車だと予想が売れないんですよ、簡単だから。わざわざ予想を買おうと思ってくれないみたい。はやくコロナが落ち着いて9車の競輪に戻って欲しいね」

 そう語る良秀さんの競輪への意欲はまだまだ衰えない。競輪がわからない人はぜひとも気軽にいろいろと聞いてほしい。良秀さんだけでなく、競輪場にいる予想屋は、いつでもファンの味方なのだ。

取材・文/佐藤永記
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